鳥儿们教给我的~在“唳禽荘”生活的鳥儿们 〜——日松伯美術館上村淳之先生講演会

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『蘊承軒・国際文化芸術窓口』之二十五 (中国語・日本語)

鳥儿们教给我的~在“唳禽荘”生活的鳥儿们 〜

———— 2017年7月29日松伯美術館上村淳之先生講演会

上村淳之先生講演が始まりました

转眼间又是盛夏,7月29日我来到了奈良【松伯美术馆】。四月分上村先生的演讲我因京都造形艺术大学有讲义没有去成,過年以来也很久没有见到恩师了,很是久违的感觉!庭园里小路间,不见了好像前不久还在的冬日红梅花,也没有了如昨的春日盛开的樱瓣,多了满眼的翠绿和一耳的蝉鸣。

心怀久违的雀跃,让我带大家再重新认识一下松伯美术馆吧: 松伯美術館是上村松篁・淳之両代画伯的作品寄贈和近畿日本鉄道株式会社的基金捐赠,于1994年3月開館的。松伯美術館主要是上村松園・松篁・淳之三代的作品、草稿、写生等,通过美術資料的収集和保管及展示来介绍上村三代绘画业绩。并且励志广泛普及日本画、及为培育画家而举办特別展、公募展等。

「松」是松園・松篁両画伯的名字,还有美術館所在地:故佐伯勇近鉄名誉会長旧邸的庭園种植百数十棵松树;「伯」是画伯的伯和佐伯氏的伯还有邸内的茶室号「伯泉亭」的由来。并且「松伯」读音与蕴涵常磐木「松柏」一样的寓意。「旧佐伯邸」美術館東側隣接的是故佐伯勇近鉄名誉会長的旧邸。日本著名建築家村野藤吾氏設計的木造数寄屋建築,昭和40年建成。(松伯美術館PR文引用)

美术馆每年约有四次展览,春季、夏季、秋冬季、松伯公募展(2017年「日本画展」·2018年「花鸟画展」这样交替举办),现在正展期的广告纸上有松篁先生这样一段话:

『儿时開始就喜欢鳥儿,“自己家从房檐开始拉上网,放养鳥儿,在家就能与自由飞旋的鳥儿一起生活的话,将是多么快楽啊!”年轻时代的上村松篁认真的思考着这样一件事。奈良平城所在的画室唳禽荘是实现了他的这一梦想的地方。』7月11日(火)~9月24日(日)这个展览,能观赏到在唳禽荘诞生的松篁和淳之的花鳥画,并且将在那里生活的鳥儿也介绍给大家!

松園先生、松篁先生、淳之先生の三代にわたる絵画から滲み出る品格が人々を魅了します

以上是对松伯美术馆的由来及上村三代画業及展览的简介,下面我将29日上村淳之先生的部分演讲直诉给大家。

上村先生講演会一部分内容:

……前略……

——现在花鳥画为什么在日本扎根,我认为追根揭底可能有一个。有人拜托我“写点什么”时,我会将『与花歌唱,与鸟游玩』这样的词句经常写于色纸上。只要有人拜托的话噢。那么看到“鸟歌唱”词句的时,人们会理解成“啊,鸟在鸣叫”,但讲到“与花歌唱”,就不是歌謡的“唱”,而是在凝练诗意吧……让花歌唱出自己的胸臆、或是取将花得到的世界来歌颂自己想象的世界,这里有共通的地方吧。

花鳥画是以“鳥”或“花”为主人公,主人公是将作家内心世界代言的対象,这样考虑就对了。无论谁看花都会觉得花很美。那是因为人们有着各种感怀,所以画出的画也各有不同。

有件想让大家心中有所准备的事是,花鳥画,今後画花鳥画的人和买花鸟画的年轻人越来越急剧减少。虽然这是没有办法的事,为了更加直接的将自己的感情表达出来、花和鳥……成为间接的代言对象。

「有直接的很要想说的话」这样的强烈情绪,说是花鳥画,我想在现代有很多画面非常糙乱的画,即使是年轻时代的尝試创作也不错,但随着年龄的增长还粗制乱造那就“不对了”。原本对于事物的爱心,如层层包裹着的芳香,不断的膨胀,然后形成如同自己很重要的存在…如不达到这样的境界,我感觉那么画出的东西也如粪土。

去花店买来鲜花画画那是毫无道理的!一种事物一直在那里,自己也置身于其中,像这样形成的空间,我想画这样的世界……

鸟也是同样,一直在那里……在令它安心的空间里,鸟和画者自身也同处于那里。稳静的陪伴…像这样才终于能制作成美丽的花鸟画吧,我这样认为。

……后略。

演讲会后上村先生讲给我们一个冷笑话:10年前他去北京講课时,在市井看到有人提着鸟笼散步,他说,鸟根本不用散步啊!

虽然是个笑话,但令我们深思:不理解鸟儿的人对“鸟儿不散步,鸟儿是飞翔的”这常识习性不曾认真考虑過,如偶尔看见有人抱着可爱的宠物小狗散步,但是小狗根本没走一步,是人在走路…这样想想,确实有点儿怪……发现上村先生的自然鸟类专家的不同视点,大家思考明了后笑了!

講演会中和会后的谈話间,上村先生都谈到日本画花鳥画创作的人越来越少,他对日本花鳥画的将来有很强的責任感。世界中的絵画世界倾斜,東洋、西洋都有必要将自己的文化重新审视。松園先生、松篁先生、淳之先生三代的絵画品格使人着迷,那画作中画出了崇高的世界,画伯的生活态度和日本民族的感性尽现。

为了珍视传承与自然同在的日本人的感性,上村淳之先生一直画着花鳥画。我也为这高洁的感性感召,重新认识到该从大自然学习的东西很多,我决定先从上村三代的感性和画作入手学习,所以经常去松伯美術館。

……

上村先生的讲演,还有松伯美術館的展览给了我心灵净地和努力方向,也绝对会给你不同的感受噢!

上村淳之先生:「鳥に散歩なんていらないのに・・・」

【日本語】あっという間に夏も盛りとなりました。7月29日、私は奈良の『松伯美術館』にやって来ました。冬日の紅梅も,春光の桜花も過ぎ去り、今は蝉の声が深く耳に染み入る季節です。松伯美術館に来るのも、上村先生にお会いするも、今年の一月以来久しぶりのことです。

ここで皆さんに、松伯美術館について改めてご紹介しましょう。

松伯美術館は、上村松篁・淳之両画伯からの作品の寄贈と近畿日本鉄道株式会社からの基金出捐により1994年3月に開館しました。美術館では、上村松園・松篁・淳之三代にわたる作品、草稿、写生等、美術資料の収集と保管、展示を通じ、三代の画業を紹介することを目的としています。また、広く日本画の普及、作家の育成を図るため、特別展、公募展等も開催しています。

「松」は、松園・松篁両画伯の名前と、美術館所在地である。故佐伯勇近鉄名誉会長旧邸の庭に植えられている百数十本の松に、「伯」は、画伯の伯と佐伯氏の伯あるいは邸内の茶室の号、「伯泉亭」に由来するものです。また「松伯(しょうはく)」の音は、常磐木である「松柏」にも通じるようにとの意味が込められています。

「旧佐伯邸」

美術館の東側に隣接する故佐伯勇近鉄名誉会長の旧邸です。建築家の村野藤吾氏が設計した木造による数寄屋建築で、昭和40年に建てられました。

(以上、松伯美術館HP文より引用)

平成29年7月11日(火)~9月24日(日)開催の展覧会、『鳥たちが教えてくれたこと ~唳禽荘に暮らす鳥たち~』のパンフレットには、上村松篁の鳥に対する思いがこのように綴られています。

—幼少の頃から鳥が好きで「自分の家に屋根からすっぽり網をかぶせ、家の中で放し飼いにした鳥たちが自由に飛び回るのと一緒に生活できたらどんなに楽しいだろう。」と大真面目に考えていた若き日の上村松篁。奈良平城に所在するアトリエ「唳禽荘(れいきんそう)」はそんな夢を叶えた創造の拠点となりました。本展では、唳禽荘(れいきんそう)から生れた松篁、淳之の花鳥画をご覧いただき、そこに暮らす鳥たちについてもご紹介いたします。—

以下は29日に開催された上村淳之先生の講演会で語られた内容の一部をお伝えします。

上村先生のお話:

——今、花鳥画が何故日本に定着していったのかということも、探って行くことの一つかなと思う。

私は「何か書いて下さい」と人様から依頼されると、『花に歌い、鳥と遊ぶ』という言葉を色紙に書くことがよくあります。依頼されえあれば、ですよ。

——で、『鳥が歌う』となると「あー、鳴いているんだな」ということになるが、『花に歌う』となれば、いわゆる歌謡曲の『唄う』じゃなくて詩の思考であるというか・・・花に自分の気持ちを歌わせる・・・花から得た世界を取って自分の思う世界を歌う、ということで共有しているんです。

花鳥画というのは鳥や花が主役になっていて、そしてその主役が作家の内面世界を代弁してくれる対象である、という風に考えていただけるとよろしい。

誰も花を見ればキレイだと思う。そこには人それぞれのいろんな思いがあって、そしていろんな絵ができていくということです。

——皆様方に知っていただきたいことは・・・・花鳥画というのは、今後どんどんどんどん花鳥画を扱う人や買おうとする若い人が減っていきます。それはしょうがないことかもしれないけれど、もっともっと自分の気持ちを直接的に出そうとするためには、花や鳥に・・・まどろっこしいかもしれませんが(間接的に代弁して貰うということです。)

——「直接的にもっと言いたいことがあるんだ!」みたいな気持ちがあって、花鳥画と言えとも非常に画面が荒れた絵が(現代には)沢山あるかと思います。それも(若い時代の)試みとしてはいいと思いますが、それが幾つになっても幾つになっても荒れているのは『違うなぁ』と思います。もっと愛でるというか・・・包んで香りをいただく、というようにどんどんどんどん膨らませていって、そして自分の中で貴重な貴重な存在であるかの如く(感じられる)・・・そういった世界にならないと『(絵を描いても)糞や!』という気がしています。

——花屋さんで花を買って来て(描くなんて)それはとんでもないっ!その物が長~くそこに居て、そして実際に自分がそこに居て、そうやって空間を作り上げて、その世界を描きたいと思って・・・。

鳥もそうです。そこにずっと長いこと居て・・・安心した空間になっているそこに(鳥も自分も)居て。それは穏やかな添い合いであって・・・そうしてようやく美しい花鳥画になるのではないかな、という気がします。

……

講演会終了後、上村淳之先生と控室でお話をしました。上村先生は次のような中国の思い出話を語ってくださいました。

十年程前のこと。上村先生が中国北京芸大に絵を教えに行かれた時に、街中で人々が鳥籠を持って散歩している姿をよく見掛けたそうです。「鳥に散歩なんていらないのに・・・」と上村先生はそれをみてつくづく不思議に思ったそうです。

この話は、私たち中国人には考えさせられるものがありました。確かに中国人はよく鳥籠を持って公園などに散歩にいきます。彼らは一様に「鳥に散歩させているんだ」と言います。しかしこれは鳥の習性を全く考えていない言葉です。“鳥は散歩はしない、鳥は飛ぶもの”ということが頭から抜けているのです。日本でもたまに小さなワンちゃんを抱えて散歩している人がいますが、それと同じことです。これではワンちゃんの散歩にはなりません。人間だけが散歩しているのです。

考えてみると、確かにこれらの話はとてもおかしなことです。視点の違いに、その場に居た皆が笑いました!

講演会中にもその後のお話にも、上村先生は日本の花鳥画を描く人が減っていることについて危惧しておられました。日本画の中の『花鳥画』というジャンルの将来について、上村先生は強い責任感を持っておられます。

『花鳥画』だけではなく、実は世界中の絵画全体が傾いています。今は東洋、西洋それぞれが自分の文化を改めて見直すことが必要です。

松園先生、松篁先生、淳之先生の三代にわたる絵画から滲み出る品格が人々を魅了します。その画作の中には、作家の生き方と日本人の感性が込められ、崇高な世界を創りあげています。

自然とともに生きる日本人の感性を大切にするため、上村淳之先生は花鳥画を描き続けています。私もその感性に魅了され、自然から学ぶべきことがまだまだ沢山あると改めて気づかされるのです。

そうして上村三代の感性をその絵から学ぼうと、松伯美術館に通い続けているのです。

……

執筆者:李留雁

私の象徴的な物~三脚(*^^*)

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一期一会・記念写真

上村淳之先生屏風作品

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