香港趙英老师一行探访上村淳之画室『唳禽荘』

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【蘊承軒・国際文化芸術窓口】之二十八

上村淳之先生と楊佩澄君

香港趙英老师一行探访上村淳之先生的画室『唳禽荘』

8月22日香港美术专科学校副总监趙英老师和楊麗瑾同学(澳大利亚留学、媒体传播专业、研究生毕业)、伦敦艺術大学三年级生楊佩澄同学等一行七人很榮幸去奈良拜访日本著名画家上村淳之先生以及他的画室『唳禽荘』。
『香港美术专科学校』的名字,令人们经常误以为这是一所专科学校,实际上它是一所艺术大学。『香港美术专科学校』由陳海鹰教授于1952年创立,并经由香港教育署准予立案的专科学校,成为香港第一間美术专科学校。
『香港美术专科学校』牌匾是中国著名画家、書法家、篆刻家齐白石先生所書写的,并且是齐白石先生一生中書写的唯一一块商务牌匾,已经有61年的历史了。现任香港美専校长是陳为民教授。伦敦艺术大学三年级的楊佩澄同学也是香港美専出身的。
暑假期间趙老师一行为体验考察日本文化艺术来日,8月22日我邀請赵老师與我到奈良拜訪上村先生的画室。

楊麗瑾さん

上村淳之先生出身于绘画世家,祖孙三代从上村松園(祖母)、松篁(父亲)均是日本著名画家,在这画家之家的熏陶下他创作出独自的花鸟画世界。

上村先生现在作为日本画家代表,引领着京都画坛和日本画坛。他的作品的品性高度和艺術性的深度就更是不言而喻。
另外,上村淳之先生作为文化、艺術的教育者,长年在京都市立艺術大学孜孜不倦的教导学生,特别是在促进日本独特的日本画世界传承的方面。
现今的国際交流中,文明的衝突与文化的共生成为一项重要的课题。然而,上村淳之先生的作品暗示着 :新時代艺術,是在異文化的激烈碰撞磨合下,各种創意的想法和渊博的知識、加上能力、感性与努力当中产生。艺术源自于生活。因此、上村淳之先生的艺术与教育真髄是 :「自然观、人間观、感性和思想的表現」。上村淳之先生的艺术理念使很多人深受启发和共鸣,继而成为世界广泛人们的精神食粮,贡献显著!

上村先生のアトリエ

以下我将在上村先生画室的畅谈选段呈现给我的读者朋友们:……

上村先生:花鸟画在中国五代・宋代开始达到鼎盛・・・这一文化艺术形式从日本奈良时代(约710年)开始引入日本,并由此孕育了日本花鸟画。我专攻花鸟画・・・要说为什么我专攻花鸟,是因为我从学生时代开始就对“西洋和日本有什么不同”感到疑问。也就是西洋画和日本画哪里不同。我一毕业就独自一人去欧洲转了一个月,并去了很多美术馆・・・我发现西洋画里没有花鸟画。那么我画花鸟画就能更好的了解日本画与西洋画的不同,然后就一头扎进花鸟画里。・・・这就是我画花鸟画的开始。关于此情《読売新闻》已经连载十几回了,这一系列的故事《読売新闻》说还要继续。(笑)

アトリエを見学

趙老师:我很欣赏您对艺术的极致的追求,您养了这么多鳥,是为了画鳥吗?

上村先生:对,喜欢鳥,画鳥,养鳥,因为很宝贝的养,鸟就繁殖了这么多。
趙老师:您画鳥,和鳥一起生活,所以画得更真实自然,您和鳥是共存的,您的艺术也一定与生活是联系在一起的。
上村先生:是的。珍惜鳥并与鳥儿们共同快楽的生活,不知不觉中就将鸟繁殖了很多,这里野生禽的繁殖率是第一的。动物園的研究员们也到这里来研修。
楊佩澄同学:上村先生您为什么喜欢鳥呢?
上村先生:小时候就很喜欢,父亲是画家,并且还是花鳥画家,因此他有养鳥。日常生活中和父亲养的鳥一起玩耍。我将养鳥扩展到这里,并将这里建成画室,・・・父亲也很高兴。我家原来在京都,在那人口密集地养丹顶鹤的话・・・「嘎———嘎———」的叫起来会惹怒近邻的(笑)!
——鳥现在有300多种以上,鹤三十五六只,是中国转让来的丹顶鹤所繁殖的。

鳥の話しで盛り上り

楊佩澄同学:您创作作品时,看着写生稿画吗?

上村先生:这就是(日本画)与西洋画的不同,不是写生后直接画创作。不仅仅是自己想画什么,而是将自己的思索寄托于画的对象物,画自己的「思索」。我画画不看写生稿,写生后至少沉淀酝酿几个月再画。写生是现场的再现吧?!会被重新拉回到现实,所以不能只拘泥于看写生作画・・・
趙老师:记住并升华,源自于生活而高于生活。这是沉淀升华的過程啊。
楊佩澄同学:怎样才能画出自己的情感?(楊佩澄同学质朴的問出当代艺大生直面的困惑)
上村先生:凝神于花或鳥,充分发挥想象,冥想画什么样的世界・・・这是一个抽象的说法,「人站着」和「人屹立着」不同吧?!
……

初体験お絵描き

快楽的时间总是過得太快,畅谈不得不结束。我们隨後有幸参观了上村先生正制作中的大作画稿。大学院毕业的媒体情报专业的楊麗瑾同学用上村先生独创的秘密武器,在上村先生构思创作中的挂在墙壁上的草稿上第一次体验画创作。然后参观了生活在唳禽荘乐园的珍禽。

中午一同进餐后楊佩澄同学和我送上村先生赶回画室,午后読売新闻的取材时间刚刚好。
之后我又带领趙老师一行去正展示着上村家族三代作品的『松伯美术馆』。大家陶醉在上村家三代作品的品格与细节里。
意犹未尽間,趙老师一行决定下次「一定还来日本」、「一定再来拜访上村先生」、「一定再去参观松伯美术馆」・・・
2017.10.1版
執筆者:李留雁

上村先生が解説

【日本語】香港趙英先生一同と上村淳之先生のアトリエを訪ねて

8月22日に香港美術専科学校の副総監でおられる趙英先生とオーストラリア留学中にメディアト情報を専攻して大学院修了された楊麗瑾さん、そしてロンドン芸術大学(University of the Arts London)の3年生である楊佩澄さん、それに他3人の合計7人で奈良にある上村淳之先生のアトリエ『唳禽荘』を訪ねました。
『香港美術専科学校』に掲げられている看板は、清朝末期からの中国画家・書家・篆刻家である斉白石が書いた唯一の商用看板でもあります、61年の歴史があります。
現在の校長先生は陳為民教授です。ロンドン芸術大学三年生の楊佩澄さんも、香港美術専科学校の出身者です。

この夏休み、日本の文化芸術を体験・考察する為に、趙先生が団長となられて来日しました。ご縁があって、私が皆さんを奈良の上村淳之先生のアトリエに案内することになりました。

ここに上村淳之先生の全国日本学士会平成23年2月のアカデミアト賞文化部門受賞理由に書かれた評価を引用し、先生の事を紹介させて頂きます。
『上村氏は、上村松園・松篁と三代に亘る著名画家一家に生まれ、そうした中で花鳥画という独自の世界を築き上げ、今や日本を代表する日本画家として、京都画檀・日本画壇を牽引している。その作品の品性の高さと芸術性の深さは言うまでもない。
一方で氏は、文化・芸術を担う教育者として、京都市立芸術大学にて長年に亘り子弟の指導にあたり、とりわけ日本独自の日本画の世界の継承を促してきた。
今日、国際情勢も混沌としている中、文明の衝突か・文化の共生かが大きく問われている。氏は、新時代における芸術は、異文化との激しい切磋琢磨の中にあって、あらゆる創意工夫と様々な知識、そして能力・感性・努力の中で生まれると言われる。それは本来の芸術性とは、庶民の生活の中にある大きなヒントと、そこから生まれたものである、という示唆からも伺える。
よって、氏の芸術ならびに教育の真髄である「自然観、人間観、感性・思想の表現」を訴え続けた活動は、多くの人々に共鳴され深い示唆を与え続けており、世界の広範な人々への心の糧としての貢献は顕著である。』(以上引用文)

かわいい鳥の話しをしている上村先生の笑顔

趙英先生撮影

上村先生のアトリエでは、楽しく会話が弾みました。以下、その一部をご紹介しましょう。

上村先生:花鳥画のジャンルは、中国五代・宋代あたりから良い展開となり・・・その文化を日本は奈良時代(710年)に取り入れて、それで日本の花鳥画を育ってきた。僕が専ら取り組んでいる花鳥画というジャンル・・・何故に、僕はこのジャンルに嵌り込んだかというと、西洋と日本は一体何処が違うのかという疑問を学生時代に一番最初に感じたから。(つまり)西洋画と日本画の違いがどこにあるのか、ということです。僕は卒業してからすぐにヨーロッパを1カ月もずっと一人で廻って、美術館も沢山見て・・・西洋画は花鳥画がないことに気がついた。じゃあ、花鳥画をやれば西洋との違いが分かるかもしれない、ということで花鳥画に入り込んでしまった。・・・それが始まり。そのことは今、一生懸命読売新聞が書いてくれてます。もう十何回か連載してます。シリーズでまだまだ続くと言ってます。(笑)
――芸術は・・・もっと心を静かに落ち着かせて・・・己自身を視る時間を与えてくれるのが『芸術』だと思うんです。
趙先生:上村先生が芸術の究極を求めているお姿に深く感服しています。上村先生は鳥を沢山飼っておられますが、それは鳥を描くだめですか?

上村先生:鳥が大好き。鳥の絵を描く為に鳥を飼って、大切に飼って・・・こんなに沢山繁殖させました。
趙先生:上村先生は鳥を描く為に鳥と一緒に生活したからこそ、この様な美しい自然な絵を描けたのですね。先生は鳥と共存しています。芸術は必ず生活と結びついていることがよく分かりました。
上村先生:そうです。「共に大事に生きていこう」とすると、鳥が繁殖するようになります。ここは野鳥の繁殖率が一番高い。動物園の研究員がここに研修に来るんです。
楊佩澄さん:先生は何故鳥が好きなんですか?

上村先生:小さい時からごく自然に好きでした。父が絵描きですから。父も花鳥画家ですから。だから鳥を飼ってました。その鳥たちと遊ぶのが、小さい時の僕の日常でした。それをさらに広げて、ここをアトリエにして・・・父も喜んで。僕が京都の街中に住んでいて、あの人口密集地のところにこんなに沢山丹頂鶴を飼ったら・・・「グアーッグアーッ」と鳴いたら近隣に怒られる!(笑)今は鳥が300種類以上いる。鶴が36羽いる、中国から譲り受けた丹頂鶴が繁殖したのです。
楊佩澄さん:制作時には、鳥の写生を観ながら描くんですか?

上村先生:西洋画と違って(日本画は)写生したらすぐに絵を描いたらいかん。「『自分』が描きたいな」ではなく、自分の思いをその物(対象物)に託して、自分の「思い」を描く。だから写生したら何ヵ月か寝かせて、熟成させて、それから絵になる。写生は生写しでしょ?現実に戻されるから、「絵」にはならない・・・
趙先生:覚えて、更に高めて、しかも生活の中に消化させて・・・沈殿と供に昇華させることですね。

楊佩澄さん:どうやったら絵の中に気持ちを描き込めるのでしょうか?(楊佩澄さんは現在大学生として悩んでいることも素直に上村先生にお聞きしました)

上村先生:花や鳥を見詰め、イメージを膨らませ、どういう世界を描こうかと・・・抽象的な言い方ですが、「人が立っている」と「人が佇んでいる」は違いますよね?
楽しい時間は、経つのがとても速いです。
上村先生の製作中の大作の下絵も拝見しました。楊麗瑾さんは上村先生が構図を練り、壁に掛けてあった草稿に、上村先生独自の秘密道具を使って初絵描きをするという体験もしました。皆さんで一緒に昼食も頂きました。

楽しい昼食会

午後からの読売新聞の上村先生への取材時間には、何とかギリギリで間に合いました。その後私は皆さんを上村家三代の作品が展示してある『松伯美術館』に案内しました。皆さんはすっかり上村家三代の作品の品格に魅了されたようです。

  「また是非日本に来よう」「また是非上村先生にお会いしよう」「また是非松伯美術館を訪ねよう」と心に決めたようでした。
執筆:李留雁

唳禽荘の鳥と草花

趙英先生が撮ったキレイな写生

趙英先生と執筆者

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